夜中に、また目が覚めた。胸のあたりがじっとりと重い。逆流性食道炎のせいなのか、明日の朝礼で報告するクレーム案件のせいなのか。それとも「このままこの会社でこの給料で、五十になり六十になっていくのか」っていう、輪郭のはっきりしない不安のせいなのか。もう、わからない。
転職サイトのアプリは三年前にインストールしたまま、一度も開いていない。開く気力がもうない。求人広告に並ぶ「成長できる環境」「風通しの良い職場」みたいな言葉を見るたびに、胃のあたりが冷たくなる。あれは俺たちのための言葉じゃない。
この記事は、そういう夜に布団の中でスマホの光を頼りにこれを読んでいる、かつての俺みたいな戦友に向けて書く。
- 40代になって「転職すべきか、現状維持か」で消耗している
- コールセンターや事務職など、特別なスキルがない自分に未来が見えない
- 「このまま会社にしがみつく」という選択を、自分の中で正当化できない
「転職して年収アップ」なんて、俺たちには関係のない物語だ
世の中には二種類の40代がいる。
ひとつは、若い頃から計画的にキャリアを積み上げて、転職するたびに年収を上げていく種類の人間。もうひとつは、気がついたら40代になっていて、特別なスキルもなく年収は300万円台で頭打ち、転職市場では「年齢的に厳しい」と門前払いされる種類の人間だ。
俺はもちろん後者だ。そしてたぶん、これを読んでいるあなたも。
転職エージェントのサイトを覗くと「40代でも遅くない!」みたいな景気のいい言葉が並んでいる。だが、その下のリンクをクリックして職務経歴書を入力していくうちに、現実を突きつけられる。「マネジメント経験5名以上」「TOEIC700点以上」「年収500万円以上の方向け」。俺たちが入る隙間はどこにもない。
10年前ならまだ違ったかもしれない。だが、もう遅い。これは悲観論じゃなくてただの統計的な事実だ。40代未経験での正社員転職の成功率は、限りなくゼロに近い。これを直視するところから全ては始まる。
「現状維持」は負け犬の選択肢じゃない
ここでひとつ、価値観の転換を提案したい。
世間は「現状維持=成長を諦めた負け犬」っていうレッテルを貼りたがる。だが、年収320万円・独身・40代っていう条件の俺たちにとって、現状維持こそが最も合理的で、最も難易度の高い「攻めの戦略」なんだ。
考えてみてほしい。今の会社で毎月22万円の手取りが安定して振り込まれている。社会保険料は会社が半分払ってくれている。有給休暇もある。これを失った場合、同じ条件を再現することが俺たちの年齢とスキルで果たして可能だろうか。答えはほぼ「ノー」だ。
つまり、今の椅子に座り続けること自体が、俺たちにとっては年収500万円分くらいの価値があるってことになる。転職して年収を上げるんじゃない。「今の年収を、定年まで失わない」ことを目標にする。これが俺たちの新しいゲームのルールだ。
会社にしがみつくための、地味な技術
じゃあ具体的にどうすれば今の椅子に座り続けられるのか。俺がコールセンターで10年以上生き残ってきて、たどり着いた地味な結論をいくつか書いておく。
ひとつめは「絶対に出世を望まない、しかし絶対に必要とされる人間になる」というポジショニングだ。SVになれば給料は月に2〜3万円上がる。だが責任とストレスは10倍になる。割に合わない。かといって、ただのオペレーターでいるとリストラの一番手だ。
だから俺は「SVが面倒くさがる雑務を、誰よりも早く文句を言わずに処理する人間」になることに徹している。マニュアル作成、新人の教育補助、クレームの一次受け。誰もやりたがらないが、誰かがやらなければ現場が回らない仕事。これを淡々と引き受けることで、「あいつがいないと困る」っていう見えない盾を手に入れる。出世しない代わりに、首も切られない。それでいい。
ふたつめは健康への投資だ。これは綺麗事じゃなくて、純粋な経済合理性の話だ。40代で体を壊して長期離脱すれば、その時点で俺たちのキャリアは終わる。だから俺は最近、安い体重計と血圧計を買った。月に3000円のジムに通うより、まず自分の体の数字を「見える化」する。これだけで無駄な飲酒や深夜のラーメンが自然と減る。意志の力じゃない。数字の力だ。
最悪に備える、静かな準備
ただ、どれだけしがみついてもリストラされる時はされる。会社が潰れる時は潰れる。だから「現状維持戦略」と並行して、最悪の事態への備えを淡々と進めておく必要がある。
ここで言う「備え」は、副業で月10万円稼ぐとか、そういう景気のいい話じゃない。俺たちにそんなエネルギーはない。やるべきことはもっと地味だ。
まず、生活防衛資金を給料の6ヶ月分、現金で確保しておくこと。これがあれば明日会社が倒産しても、半年は呼吸ができる。半年あればたとえ年収が下がっても、次の仕事は見つかる。年収320万円の俺たちの場合、最低でも130万円程度。これを給料が入ったら自動で別口座に移す設定にしておく。住信SBIネット銀行の「目的別口座」あたりが手数料もかからず使い勝手がいい。
それから、職務経歴書を半年に一度、更新しておくこと。転職するためじゃない。「自分がこれまで何をやってきたか」を言語化する作業は、自分が市場でどう見られるかを冷静に把握する唯一の方法だ。書いてみて愕然とするかもしれない。だが、愕然とすることに意味がある。「俺はこの程度の人間なのか」と知っておくこと。それが次の準備の出発点になる。
俺たちにとって、それはどういう意味を持つのか
世間は40代に「セカンドキャリア」だの「学び直し」だのと囃し立てる。だが、俺たちが本当にやるべきことはそんな派手なことじゃない。
今の椅子に静かにしぶとく座り続けること。そしていつ椅子を奪われてもいいように、机の下に小さな避難袋を置いておくこと。それだけだ。
転職するエネルギーがもうない。それは敗北じゃない。それは「無駄な戦いをしない」という、極めて成熟した判断なんだ。エネルギーがないならエネルギーを使わない戦い方を選べばいい。
夜中の三時に動悸で目が覚めたら、まず深呼吸をしてこう呟いてほしい。「まあ、仕方ない。今日も椅子に座りに行くか」と。
それでいい。それが俺たちの生存戦略だ。
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