ゴールデンウィークに2年ぶりに実家へ帰った。
正月にも顔を出さなかったから、母親の小言は覚悟していた。だが玄関のドアを開けた瞬間に感じたのは小言じゃなく、別の種類の違和感だった。
冷蔵庫に同じヨーグルトが4個。リビングのテーブルには開封されていない通販のカタログが3冊重なっている。父親に至ってはテレビのリモコンの位置が分からず5分ほど探していた。
ああ、始まったな、と思った。
70歳を超えた両親の「物忘れ」がいよいよ生活に侵食し始めている。今日はその帰省で考えたこと、そして独身の俺が「親の財産凍結」というリスクに対して何をすべきか、その記録を残しておく。
- 親の物忘れが気になり始めたが、何から手をつけていいかわからない
- 兄弟姉妹に頼れない独身の自分が、親の財産管理にどう関わるべきか悩んでいる
- 親の問題を考えていたら、結局「自分自身が死んだ後」の話に行き着いてしまった独身男性
親の口座はある日突然「凍結」される
知らない人のために書いておく。
親が認知症と診断された場合、銀行は預金口座を凍結する。引き出しも振込も解約もできなくなる。家族であってもだ。これは法律で守られた「本人保護」の措置で、子供が「親の医療費なんです」と泣いてもびくともしない。
凍結を解除するには原則として成年後見人を立てる必要がある。弁護士や司法書士が選任されることが多くて、月2〜6万円の報酬が親が亡くなるまで発生し続ける。10年生きたら最低でも240万円。
それも家族持ちにとっての話だ。俺には10歳上の姉がいるが、嫁いで子供を育てている彼女にこの実務を全部押し付けるわけにはいかない。かといって俺一人で全部やる体力も金もない。
つまり、親が認知症と診断される「前」にできることをやっておくしかないんだ。誰も助けてくれない。まあ、いつものことだが。
物忘れが始まった段階でやるべき3つのこと
実家の和室で母親が淹れた薄いほうじ茶を飲みながら、俺は静かに観察した。
1. 「実印」と「銀行印」の在処を本人の口から聞き出す
これが一番難しい。「死んだ後のために教えて」とは絶対に言えない。だから俺はこう切り出した。
「もし家が火事になったら何を持って逃げる?」
母親は少し考えて「実印かしらね、あれがないと色々困るって聞くから」と言った。俺は「どこにあるの?火事の時に俺が持って逃げてあげるよ」と続けた。母親は仏壇の引き出しの奥を指差した。
これでいい。聞き出すというより、自然な会話の流れで本人に教えさせるんだ。直球で「実印どこ?」と聞いたら警戒される。年寄りは何より「子供に財産を狙われる」ことを恐れる。だから雑談の皮を被せる。
2. 通帳と取引銀行をざっくり把握する
全部の残高を知る必要はない。「どの銀行に口座があるか」さえ分かればいい。
これも直球で聞かない。「俺、ネット銀行ばっかりなんだけど、母さんはどこ使ってるの?」という雑談から入る。地方銀行、ゆうちょ、メガバンク。だいたい3〜4行に集約されているはずだ。メモは取らない。その日のうちに自分のスマホにこっそり打ち込む。
露骨にメモを取った瞬間に「あんた何を企んでるの」という空気になる。それが分からない子供が、年寄りに財産を隠される。
3. 「保険証券」と「年金手帳」の場所を確認する
これらは親が亡くなった後、相続や年金停止の手続きで必須になる書類だ。だが認知症が進むと「どこにしまったか」を本人も忘れる。最悪のケースでは、書類があることすら忘れる。
俺は「会社で生命保険の話があってさ、母さんたちはどうしてるの?」と聞いた。母親は古びたファイルを持ってきた。それを「俺も参考にしたいから」と言って写真に撮らせてもらった。
ここまで書いて、ふと手が止まる。
これは本当に「親」のための話なんだろうか。
結局、俺自身の話だった
実家から自分のアパートに帰ってきて、玄関のドアを閉めた瞬間に気づいた。
俺が母親に質問した3つのことは、そっくりそのまま俺自身に必要なことじゃないか。
俺の実印はどこにある。通帳は何冊ある。生命保険は入っているか。年金手帳の場所は把握しているか。
俺が明日、ハイツ・サンシャイン201号室で動かなくなった時、姉が実家から駆けつけてこの部屋で同じ作業をすることになる。引き出しを片っ端から開けて、見知らぬ書類の束を前に途方に暮れる姉の姿が、はっきりと見えた。
親の認知症対策は、独身の俺にとって自分自身の死後対策の予行演習だったんだ。皮肉なものだ。親の心配をしているつもりで、結局は自分の心配をしていた。
俺は自分の著書『独身男のリアル終活』の中でこの「実印と通帳の管理」について、かなり踏み込んで書いた。独身男にとってこの整理は家族持ち以上に切実だからだ。誰も探してくれない。誰も見つけてくれない。だから自分で、生きているうちに、誰かが見つけられる場所に置いておくしかない。それだけの話だ。
俺がやったのはこうだ。A4のクリアファイル1枚に「重要書類」と書いて、その中に実印、銀行印、通帳のコピー、保険証券のコピー、年金手帳のコピーを入れた。それを玄関の靴箱の上に置いた。
姉に電話で「もし俺が死んだら、玄関の靴箱を見て」とだけ伝えた。姉は「縁起でもない」と言ったが、メモは取ったようだった。
それで十分だ。これ以上の説明はいらない。
俺たちにとってこれはどういう意味を持つのか
親の老いと向き合うことは、結局、自分の死と向き合うことに直結する。
家族持ちなら配偶者や子供が、嫌でも自分の死後の整理をしてくれる。だが俺たち独身・低所得層にはその「自動的に動いてくれる誰か」がいない。
だからこそ、実印と通帳の管理は独身男の終活の出発点になるんだ。これができていない人間が、その他の終活(葬儀、お墓、デジタル遺品)を考えるのは順番が違う。まず自分の財産が「誰かに見つけてもらえる状態」になっているか。話はそこからだ。
帰省したついでに親の在処を確認する。そして自分のアパートに帰って、自分の在処を整える。
ゴールデンウィークの宿題としては、悪くない。まあ、仕方ない。結局、そういうことだ。


