孤独、という言葉が安売りされすぎてる気がする。 書店に行けば「孤独力」だの「孤独のすすめ」だの、孤独を売り物にした本が平積みされている。テレビをつければ、コメンテーターが「現代人の孤独問題」を5分で語って終わる。
みんな孤独について語りたがるが、俺たちが抱えてるのは、そんな上品な「孤独」じゃない。 夜中の3時に動悸で目が覚めて、暗い天井を見上げながら「このまま誰にも気づかれずに死ぬのか」と考える、あの種類の孤独だ。
あれに「趣味を持ちましょう」と言われても、何も解決しない。むしろ腹が立つだけだ。 38歳の独身男としてここ数年、いくつかの孤独対策を試してきた。効いたものと、効かなかったもの。それを淡々と記録しておきたい。
- 「趣味を持て」「人と会え」みたいな一般論の孤独対策が、自分にハマらないと感じている人へ
- 低年収・独身という条件下で、現実的に実行できる孤独対策を探している人へ
- 孤独を「完全に解消する」んじゃなく、「うまく付き合っていく」方法を知りたい人へ箇条書き
まず、世間の「孤独対策」がなぜ俺たちに効かないのか
書店の自己啓発コーナーで売られている孤独対策本を、何冊か読んだことがある。書かれていることは、だいたい同じだ。
- 「趣味を通じてコミュニティに参加しよう」
- 「ボランティアで人とつながろう」「SNSで仲間を見つけよう」
- 「ペットを飼って心の支えにしよう」。
これらが間違ってるとは言わない。たぶん、そこそこ年収があって、ある程度の社交性が残ってる人間には効くんだろう。だが俺たち、つまり低年収・独身・社交エネルギーがほぼ枯渇してる男には、これらはほとんど機能しない。
理由は単純で、どれもコストが高すぎるんだ。金のコスト、時間のコスト、そして何より精神的なコスト。趣味のサークルに参加するには会費がいる。ボランティアに行くには休日を捧げる必要がある。SNSで仲間を見つけるには、まず自分を発信しなきゃいけない。 俺たちには、その元手がない。そこから話を始めないと、何の意味もない。
試して効かなかった対策3つ
正直に書くと、俺もこの数年で世間的な「孤独対策」をいくつか試した。結論から言えば、ほとんどが失敗だった。恥ずかしい話だが、書いておく。
一つ目はSNS。Twitter(X)で同じような独身男のアカウントをフォローして、いいねを押し合う日々を半年ほど続けた。結果、孤独は深まった。他人の生活を覗くことは、自分の生活と比較する行為だ。あれは精神衛生にとって、ほぼ毒だった。アカウントは消した。
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二つ目はマッチングアプリ。「とりあえず誰かと会えば気が紛れるかも」と思って登録した。結果、消耗だけが残った。月数千円の課金と、返事のないメッセージと、「年収」の欄を入力する時の静かな屈辱。あれは独身の孤独を癒すツールじゃなく、独身であることを毎日再確認させる装置だった。期待した俺がバカだった。
三つ目は地域のサークル活動。市の広報誌に載ってた読書会に一度だけ行った。悪い人たちじゃなかった。だが「自分の話をしなきゃいけない」という義務感が、俺には重すぎた。2時間で消耗しきって、二度と行かなかった。まあ、そういうものだ。
試して効いた対策3つ
逆に、地味だが効いた対策もある。木村個人の感覚だが、参考までに書いておく。
一つ目はラジオを生活に組み込むこと。これは大きかった。深夜ラジオ、特に『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』や『オードリーのオールナイトニッポン』を毎週聴くようになってから、夜の質が変わった。あれは「一方的な、しかし確かな他者の存在」を部屋に流し込んでくれる装置だ。会話する必要がなく、それでいて誰かの声がそばにある。これが意外と効く。
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二つ目は図書館の定期利用。週末に図書館へ行く習慣をつけてから、孤独の輪郭が少し変わった。誰とも話さないが、「同じ空間に他人がいる」という事実が、孤独を薄めてくれる。本も借りられて、金もかからない。独身男にとって、たぶん最強のインフラだ。日本の図書館制度は、もっと感謝されていい。
三つ目は「持ち場」を作ること。毎週土曜の昼に同じ定食屋に行く。月一で同じ床屋に行く。隔月で同じ歯医者に行く。サウナに行く。こうやって「自分を認識してくれる店」をいくつか作っておくと、社会との接続が細い糸で繋がってる感覚が生まれる。深い関係じゃなくていい。「ああ、いつもの」と思ってもらえれば、それで十分だ。
今夜からできる、現実的な孤独対策3ステップ
ここまでの話をまとめると、低年収独身男にとっての孤独対策は、結局3つに集約される。
まず最初に、SNSとマッチングアプリのアカウントを一度全部削除する。比較と消耗の温床は、まず断つ。これだけで精神の体力が、たぶん2割は回復する。元手がない俺たちが守るべきは、まず「自分の精神」だ。何かを足す前に、引き算から始めたほうがいい。
次に、ラジオやPodcast、YouTubeのトーク番組から、毎日聴く番組を1つ決める。「一方的な他者の声」を部屋に流す習慣をつける。会話の義務がない接続が、孤独を薄める。費用は月数百円か、無料。コストパフォーマンスで言えば、たぶん最強の対策だ。
最後に、週1で通う「持ち場」を1つだけ作る。図書館でも定食屋でもいい。「自分を認識してくれる空間」を一つ確保する。これが社会との最低限の接続点になる。 これだけだ。「友達を作る」も「コミュニティに入る」も入ってない。それは俺たちにとって、コストが高すぎる戦略だからだ。
結論:俺たちにとって、それはどういう意味を持つのか
孤独は治る病気じゃない。少なくとも、低年収で独身で38歳の俺にとっては、もう治らないものだ。これは認めるしかない。 だが「飼い慣らす」ことはできる。完全に消すんじゃなく、それなりに共存できる関係に持っていく。
そのための装備が、ラジオであり、図書館であり、行きつけの定食屋だ。 孤独対策の本に書いてある「友達を作りましょう」「コミュニティに参加しましょう」とか、ああいう正論はたぶん俺たち向けじゃない。あれは年収500万以上で、社交エネルギーが残ってる人間のためのアドバイスだ。
俺たちには俺たちの戦い方がある。金をかけず、エネルギーを使わず、それでいて夜中の3時に動悸で目覚める頻度を少しずつ減らしていく。地味で、誰も褒めてくれない作業だ。 だが、それでいい。孤独と共存するというのは、たぶん、そういう静かな積み重ねのことだ。 まあ、仕方ない。結局、そういうものだ。
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